コロナウィルス・パンデミック危機における財政に関する緊急提言 -今こそ、財政の力で共同の困難に立ち向かうとき-

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2020年4月14日 

公正な税制を求める市民連絡会

共同代表 宇都宮 健児 外

目次

第1 提言の趣旨

1 コロナウィルス・パンデミックは、世界各国を激しく襲っており、世界大恐慌以来の最大の危機に直面している。今こそ、尊厳ある人間の生存を支える(憲法13条)という財政の本来の目的に立ち返り、民主主義に基づき、財政の力を最大限発揮して、この共同の困難に立ち向かうべきときである。

2 まずは、感染拡大防止のための経済活動抑制に伴う人々の収入減や生活の危機に対処するため、緊急的に、人々の生存を支えることに最大限注力する必要がある。次に、感染拡大の押さえ込みを確認できた後、経済活動を再開しつつ、人々の生活の建て直しを図り、同時に、コロナ災害で明らかになった日本社会の脆弱性を見直し、よりよい社会の構築に向けて、中長期的な施策を実行する必要がある。

3 自己責任を強調し、財源不足を理由に社会保障の削減を進めてきた日本政府のこれまでの財政政策の延長では、この危機に到底太刀打ちできず、社会は破綻へと向かうことから、積極的に財政を投入すべく、これまでの政策の転換が図られなければならない。

4 財源の確保については、一刻の猶予も許されない緊急時である今、当面、国債発行によりつつ、社会が危機に陥った過去の歴史も踏まえ、最も打撃を受けている人々にはより少なく、余裕のある富裕者や利益を得ている大企業にはより多くの税負担を求めるとともに、人間の安全保障のため、過去最大となった防衛費5兆3133億円を見直して大幅に削減し、コロナウィルス対応へと使途を変更すべきである。

5 政府が緊急事態宣言とともに決定した経済対策は、国が新たに支出する一般会計補正予算が16兆7000億円しかなく、108兆円規模の「過去にない強大な規模」であるとの政府の説明とはかけ離れた実態を伴わないものであって、極めて不十分である。その内訳をみても、例えば、

⑴ 現金給付策である生活支援臨時給付金(予算規模4兆円)は、世帯を単位とし、世帯主の収入を基準とした収入減少要件を設け、収入状況を証明する書類を提出して申請することを要件としている。これでは、対象がわかりにくく、平等性に欠け、手続が煩雑で必要な人に行き届かないから、到底、容認できない。世帯単位ではなく人単位とし、申請手続を不要とし、一人一律10万円以上の金額を、直接小切手を郵送するなどの方法により、すべての人に速やかに行き届かせるべきである。その際、DV被害者や外国人など給付金が届かない可能性がある人々にも確実に届くよう、相談機能とセットにするなど制度的に工夫すべきである。何より迅速性を優先すべきであるから、一定収入以上の高額所得者については、年末調整等により給付後に返還を受けるなどの方法により調整すべきである。

⑵ 政府が発表した個人事業主や中小企業向けの「事業継続給付金」(予算規模2兆3000億円)は、フリーランス等に配慮した給付である点は評価できるものの、1回限りの給付でしかないことから、フリーランスを含む個人事業主、非正規労働者を含む労働者が、安心して仕事を休み、感染から身を守れるようにするため、従前の収入の8割から10割を、コロナの感染拡大が抑制されるまでの間、継続的に所得補償する仕組を構築すべきである。

⑶ 東京都は、緊急事態宣言を受けて、休業を要請する施設を公表し、休業や営業時間の短縮に協力した事業者を救済する「感染拡大防止協力金」を創設したが、損失を補償する額としては極めて不十分であるため、要請に応じられない事業者が出るのも当然であり、感染拡大防止策としても実効性に欠ける。休業ないし自粛要請によって直接・間接に影響を受ける事業者は、感染拡大防止という公共の利益のために特別の犠牲を負うものであるから、国の責任で、家賃・地代などの固定費及び損失を補償すべきである。

6 自己責任が喧伝され、格差と貧困の拡大を容認してきた日本社会において、コロナウィルス・パンデミックの影響は、政府の政策によって格差の下層へと追いやられた脆弱な人々の上に最も強く現れている。コロナ災害で顕在化した日本社会の脆弱性を直視し、よりよい社会の構築に向けて、理念を掲げた中長期的な施策を実行する必要がある。

⑴ 無償の教育の実現など、保育、教育、医療、介護等の各分野において、人間の普遍的・基礎的ニーズを充たして人間らしい生活を支えることにより、中間層を含む国民全体の受益感を高めつつ、互いに租税を負担し連帯し合う普遍主義への転換を目指すべきである。

⑵ コロナ災害から社会を建て直し、安定した財源を確保して連帯の社会を構築するため、所得税の累進性の抜本的強化・金融所得に対する課税強化、法人税の税率の引上げ、租税特別措置の抜本的廃止などによる大企業ほど負担率が低い法人税制の是正、富裕者、大企業によるタックス・ヘイブンを利用した税逃れ対策の強化、GAFAなど巨大IT企業への課税強化などを実施し、また、企業の内部留保に対する課税、富裕税の創設なども検討されるべきである。

 

第2 提言の理由

1 財政の力で共同の困難に立ち向かうとき

私たち公正な税制を求める市民連絡会は、財政や税制は、本来、経済や一部の大企業等を潤すためのものではなく、社会が直面している共同の困難に対処し、すべての人が人間らしく生きることを支えること(憲法13条等)にこそ、その存在意義があると訴えてきた。

コロナウィルス・パンデミックは、今、世界各国を激しく襲っており、何百万という人々が職を失い、何百万という企業が倒産し、世界大恐慌以来の最大の危機に直面している。

今こそ、財政の本来の目的に立ち戻り、民主主義に基づいて、財政の力を最大限発揮して、この共同の困難に立ち向かい、1人ひとりの人間の生存を支えるべきときだ。

⑴ 二段階の財政出動-①緊急時の生活保障、②中長期的な社会構築

当面、感染の拡大を防止することを最優先とし、人の往来を含む経済活動を抑制し、それに伴う、人々の収入減や生活の危機から、財政の力を駆使して、人々の尊厳ある生存を緊急的に支えなければならず、それが、国の責任である。

次に、感染拡大の押さえ込みを確認できた後、経済活動を再開しつつ、人々の生活の建て直しを図り、同時に、コロナ災害で明らかになった日本社会の脆弱性に対処し、よりよい社会の構築に向けて、中長期的な施策を実行する必要がある。

⑵ 基本理念・目的の明確化

これらの短期、中長期の施策を行うにあたっては、施策を推進する基本理念ないし目的が極めて重要である。理念なき場当たり的な対応を繰り返してはならない。

重視されるべき理念は、人間の尊厳ある生存の保障(憲法13条・25条の価値の実現)、自己責任社会の転換、富裕層・大企業優遇の不公正な税制の見直し、選別主義から普遍主義への漸進的転換、ジェンダーの視点の重視、様々な分野における社会保障充実の「説明」と「実践」、社会の分断を克服し互いに支え合う連帯の社会の構築であり、これらは、これまで、私たちが掲げてきた基本理念である。

2 所得再分配の抜本的強化-自己責任では社会は破綻へ向かう

⑴ 「自己責任」、社会保障削減方針の転換

コロナ災害に起因する未曾有の危機を乗り越えるため、緊急時及び中長期の施策を通じ、人々の尊厳ある生存を確保することが最も重要であり、そのために、休業時の所得補償をはじめ、社会保障を中心とする巨額の財政資金を必要とする。「自己責任」に委ねていては危機を克服できず社会は破綻へと向かう。財源不足を理由に社会保障の削減を進めてきた日本政府のこれまでの財政政策の延長では、この危機に到底太刀打ちできないことは明らかであり、積極的に財政を投入すべく政策の転換が必要である。

⑵ 財源の確保-大企業等に対する増税をはじめとする所得再分配の強化

第一の財源は、国債である。今は、一刻の猶予も許されない緊急時であり、当面、国債発行によって財源を生み出すしかない。これまで均衡財政を守ってきたドイツをはじめ、他国も、巨額の国債発行によって財源を生み出そうとしている。

第二の財源は、税である。万能の打ち出の小槌はなく、巨額の借金に無限に依存することはできず、財政を支える基本は、人々が互いに支え合い、分かち合うための税である。そして、コロナ災害の危機がもたらした経済的損失から社会を立て直すにあたっては、上記基本理念のもと、まずは、危機によって最も打撃を受けている人々にはより少なく、余裕のある富裕者や利益を得ている大企業にはより多くの負担を求める必要がある。歴史を振り返ると、戦時には富裕者や大企業は大きい負担を受け持ち、欧米では企業の超過利益や所得税の最高税率には80%を上回る税率が課されたときもあり、社会の危機にあたり、余裕のある者に応分の負担を求めることは理にかなっている。

⑶ 税の使途の見直し-人間の安全保障

2020年3月27日に成立した2020年度予算においては、防衛費は、過去最大の5兆3133億円となっている。

コロナウィルスの拡散による経済的被害が続出する中、人間の生活に直結した脅威が何かを直視し、市民の安全を守るために、限られた国家予算をどこに投資するのかが問われるべきときであり、防衛費を大幅に削減し、コロナウィルス対応に使うべく使途を見直すべきである。

⑷ 所得再分配機能の抜本的強化

このようにして財源を確保した上で、各税制の長所・短所を踏まえた適切な税収構成と適切な社会保障給付によって、所得再分配(所得格差を是正するために、市場で分配された所得を、税と社会保障を通じて再分配すること)を抜本的に強化する必要がある。

3 第1弾の財政出動-緊急時の生活保障

上記のとおり、コロナウィルス感染の急拡大に伴う経済の停滞、仕事の喪失等により、すでに生活の危機に瀕している人々が急増していることから、感染拡大の防止、緊急時の生活保障を目的とした、真に大規模な財政出動をして、緊急に、人々の生存を支えなければならない。

⑴ 緊急の現金給付について

2020年4月7日、政府は、緊急事態宣言を発するとともに経済対策を決定し、「過去にない強大な規模となるGDPの2割にあたる事業規模108兆円の経済対策」「世界的に見ても最大級の経済対策」であると強調した。

しかし、実際は、国が新たに支出する2020年度一般会計補正予算は16兆7000億円しかなく、実態を伴わない見かけ倒しというほかなく、極めて不十分である。

その内訳をみても、例えば、現金給付策である生活支援臨時給付金は、予算規模も4兆円程度でしかなく、世帯を単位とし、世帯主の収入を基準とした収入減少要件を設け、収入状況を証明する書類を提出して申請することを要件としてる。これでは、対象がわかりにくく、平等性に欠け、手続が煩雑で必要な人に行き届かないものであって、到底、容認できない。

今、重要なのは、即効性のある支援を、迅速に、平等に、漏れなく、行き届かせることであるから、アメリカなどにならい、世帯単位ではなく人単位とし、申請手続を不要とし、一人一律10万円以上の金額を、直接小切手を郵送するなどの方法により、すべての人に速やかに行き届かせるべきである。その際、DV被害者や外国人など給付金が届かない可能性がある人々にも確実に届くよう、相談機能とセットにするなど制度的に工夫すべきである。何より迅速性を優先すべきであるから、一定収入以上の高額所得者については、年末調整等により給付後に返還を受けるなどの方法により調整すべきであり、また、他の所得補償制度が整備されるまでは、随時、追加支給が検討されるべきである。

⑵ 所得補償について

政府が発表した個人事業主や中小企業向けの「事業継続給付金」(予算規模2兆3000億円)は、フリーランス等に配慮した給付である点は評価できるものの、1回限りの給付でしかない。フリーランスを含む個人事業主、非正規労働者を含む労働者が、安心して仕事を休み、感染から身を守れるようにするためには、休業手当制度や失業給付制度の拡充、新たな制度の創設により、雇用保険加入の有無にかかわらず、従前の収入の8割から10割を、コロナの感染拡大が抑制されるまでの間、継続的に補償すべきである。

⑶ 休業・自粛事業者に対する損失補償

さらに、東京都は、緊急事態宣言を受け、同月10日、休業を要請する施設を公表し、休業や営業時間の短縮に協力した事業者を救済する「感染拡大防止協力金」を創設したが、損失を補償する額としては極めて不十分であるため、要請に応じられない事業者が出るのも当然であり、感染拡大防止策としても実効性に欠ける。感染拡大の罪悪感を感じながらも収入を得て生きるために仕事を続けざるを得ない状態に人を追い込むべきではない。休業ないし自粛要請によって直接・間接に影響を受ける事業者は、感染拡大防止という公共の利益のために特別の犠牲を負うものであるから、国が、家賃・地代などの固定費及び損失を補償しなければならない(憲法29条参照)。

⑷ 真に大規模な財政出動を求める

他に、中小・零細企業に対する支援、地方自治体に対する財政支援等も重要であるが、上記の点だけをみても、政府の施策は極めて不十分である。人々が収入の心配から安心して休業することにより感染拡大を防止できるようにするため、緊急時の生活保障のため真に大規模な財政出動がなされなければならない。

4 第2弾の財政出動-中長期的施策による連帯社会の構築

感染拡大の防止を目的とした緊急対応により感染拡大の押さえ込みを確認できた後、経済活動を再開し、財政刺激によって、雇用を創出し、経済を正常化に導き、人々の生活の建て直しを図り、連帯の社会を構築することを目的に、第2弾の大規模な財政出動が必要となる。

⑴ 露呈した社会の脆弱性

リーマンショック、東日本大震災に続き、今回のコロナ災害により、日本社会の脆弱性があらためて露呈している。

自己責任が喧伝され、格差と貧困の拡大を容認してきた日本社会において、コロナウィルス・パンデミックの影響は、政府の政策によって格差の下層へと追いやられた脆弱な人々の上に最も強く現れている。いち早く仕事を打ち切られる非正規労働等の不安定な労働、失業給付や休業補償の水準の低さ・フリーランスなどを対象とする所得補償制度の不存在・ネットカフェ難民を生む貧弱な住宅政策など、セーフティ・ネットの脆弱性。

保健所の削減、ICUのベッド・人工呼吸器・医療従事者などの不足、その背景にある国立病院の統廃合計画など医療の脆弱性、公務員削減などを背景とする官僚機構の脆弱性。

高騰した学費や生活費をアルバイトで補っている学生の現状と高等教育のあり方。自己責任社会で貯蓄もなく感染リスクがあっても働かざるを得ない人々、いち早く現金給付や所得補償がされる他国との違い、助けない政治。

このようなコロナ災害で顕在化した日本社会の脆弱性を直視し、よりよい社会の構築に向けて、理念を掲げた中長期的な施策を実行する必要がある。

⑵ 普遍主義への漸進的転換

私たちは、「普遍主義」の重要性を強調し、平時から人間の普遍的・基礎的ニーズが充たされる、危機に強い社会の仕組みの構築を提言してきた。

所得制限等によって、一部の困窮者等を選び出して社会保障給付の対象とする「選別主義」は、対象となる者とならない者との間に分断や対立を生じさせ、租税抵抗を高め、市民の連帯を喪失させ、憲法13条・25条の価値を実現するために必要な強靱な財政の構築を阻害する。

そこで、コロナ災害による社会の危機を転機として、所得の多寡などによって給付の対象者を選別せず、より広く普遍的に給付の対象とする普遍主義への転換を図り、無償の医療、無償の教育制度のように、保育、教育、医療、介護等の各分野において、人間の普遍的・基礎的ニーズを充たして人間らしい生活を支えることにより、中間層を含む国民全体の受益感を高めつつ、互いに租税を負担し連帯し合う社会への転換を目指すべきである。

⑶ 安定した財源の確保による連帯社会の構築

普遍主義の実現には安定した財源の確保が不可欠であり、税制における所得税・法人税の度重なる減税、消費税の増税、所得税の分離課税の問題やタックス・ヘイブンを利用した税逃れなど不公正な税制、社会保険・公債への依存等が是正される必要がある。

そして、危機によって最も打撃を受けている人々にはより少なく、余裕のある富裕者や利益を得ている大企業にはより多くの負担を求めるため、次の諸施策を実施していくべきである。

所得税については、累進税率を思い切って強化し、所得1億円を超えると税負担率が低下する逆累進構造を是正するため配当所得など金融所得に対する課税を強める。

法人税については、税率を引上げ、租税特別措置の抜本的な廃止などによって大企業ほど負担率が低い法人税制を改革すべきである。

企業の内部留保に対する課税、第2次世界大戦後に一時導入された歴史のある富裕税を創設し一定規模以上の資産に課税することも検討されるべきである。

富裕者、大企業によるタックス・ヘイブンを利用した税逃れを封じる。

OECDが主導し、130数か国が参加して取り組まれている、デジタルに課税する国際課税ルールの創設や、税の引き下げ競争に歯止めをかける国際的な取り組みを成功させるために、日本が役割を果たすべきである。もし、この国際的な取り組みがアメリカや巨大IT企業などの圧力によって頓挫させられるようであれば、GAFAなど巨大IT企業に課税する、わが国独自のデジタル課税を創設すべきである。

現在の再分配効果が低い税と社会保障の構造は、所得税及び法人税の減税、消費税の増税、社会保険への依存、公債の累積等の相互の連関によって形成されている。消費税には高い税収調達能力がある一方で逆進性の弊害があるが、私たちが標榜する基本理念を具体化する税や社会保障の個別の政策を検討するにあたっては、不公正な税制のあり方を是正しつつ、税と社会保障給付の相互の連関を考え、各税制の長所・短所を踏まえた適切な税の組み合わせを検討し、全体として所得再分配効果の高い制度を構築することを目指すべきである。

以 上

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